私の選ぶこの作品

各界の専門家や著名人から日本アニメーション映画クラシックスの作品群より注目の作品を紹介していただきました。

福住廉さん(美術評論家)

美術評論家。著書に『今日の限界芸術』(BankART1929、2008年)、共著に『日本美術全集第19巻 拡張する戦後美術』(小学館、2015年)、『円空を旅する』(美術出版社、2015年)、『どうぶつのことば』(羽鳥書店、2016年)ほか多数。

福住廉さんの選んだ作品

    病毒の伝播

    選定作品1山本早苗『病毒の伝播』(1926年)

    この作品を選んだ理由
    ポスト311の思想を育むうえで放射能の脅威を無視することはできない。視ることはおろか知覚することもできない脅威をいかにしてとらえるのか。私たちが頼ることができるのは想像力しかなく、それゆえアートの重要性が高まっている。本作は衛生思想の普及を目的としたアニメーション映画。不可視のバイキンを視覚化することで、その恐怖と予防を描いている。愛らしいキャラクターが撒き散らした病毒が人から人へと伝播していく様子はじつに恐ろしい。だが、この作品はある重要な局面を可視化していない。それは人間の体内でバイキンと戦う免疫というもうひとつの不可視の存在だ。この作品が教えているのは、どれだけ世界が可視化されたとしても、その背面には不可視の世界が内包されているという厳然たる事実である。
    映画演説 政治の倫理化 後藤新平

    選定作品2幸内純一『映画演説 政治の倫理化 後藤新平』(1926年)

    この作品を選んだ理由
    後藤新平(1857-1929)は明治・大正・昭和に活躍した政治家。台湾総督府の民政長官や満州鉄道の初代総裁を務め、帝国日本による大陸進出を担った一方、関東大震災後は内務大臣兼帝都復興院の総裁として被災した東京の復興計画を手掛けた。現在の東京の輪郭は後藤が作り上げたと言ってよい。本作は、後藤による政治演説をアニメーション化したもの。およそ90年前の作品だが、今日的リアリティーを強く感じられるところがおもしろい。視聴者の視線を誘導する「→」のアイコンが、まるでカーソルのように見えるだけではない。立憲主義の重要性を訴えている後藤の演説は、それが脅かされている現在、ひときわ輝いている。
    漫画 狼は狼だ

    選定作品3村田安司『漫画 狼は狼だ』(1931年)

    この作品を選んだ理由
    日本人にとって狼とは両義的な動物である。それは自らの生存を脅かす恐怖の対象であると同時に、神聖な動物として崇拝の対象でもある。各地に言い伝えられている民話や昔話には、穴に落ちた狼を助けたところ狼からお礼の獲物が届けられたというように、人間と狼の互恵的な関係性を物語る話が少なくない。本作に登場する狼は野生動物たちを襲う凶暴な悪役として描かれている点で一面的ではある。しかし注目したいのは、それが時として人間のように二本足で歩く点である。これはアニメーションや漫画で多用される「動物の擬人化」ではあるが、狼の両義性をも暗示しているのではないか。だとすれば悪は悪だが、そうであるがゆえに崇高でもあるのだ。